ニューヨーク生活26
Monday, October 27th, 2008
その日はとても暑い日でした。
学校が夏のバカンス中だった僕は、自宅でのんびりと過ごしていました。
たぶん昼過ぎ頃でしたか、丁度パソコンでメールを書いている時に突然画面が真っ黒になりました。
あれっ、どうしたのかな?と思い、部屋をうろうろしていると、テレビやビデオの電源が切れているのに気がつき、どうやら停電らしいことがわかりました。
それは2003年8月14日のこと、北東アメリカで起こった大規模な停電だったのです。
そっとアパートの玄関を開けて廊下を見ますと、電気が消えて真っ暗だったので、このアパート全体が停電になっていることがわかりました。
さて、いったいどれくらいの範囲での停電なのか皆目検討がつきません。
どうしたものかと思案していると、そこへ朝から学校に行っていっていた彼女が帰ってきました。
僕は当時、付き合っていた彼女と暮らすため、ソーホーのアパートを出て、クイーンズのレゴパークという所に引っ越していたのでした。
ちなみにその彼女というのは、今の妻であります。
帰って来た彼女の話を聞くと、地下鉄も止まっているらしく、帰ってくる道すがら、お店の照明も信号も消えているということです。
話の内容から、かなり広範囲の停電であると推測できました。
彼女は運良く、地下鉄を降りたところで停電になったらしく、それほど深刻な事態にはいたらなかったのです。
こうなったらじたばたしたところで、どうしようもありません。電気が復旧するのを待つしかありません。
とりあえず、まだ明るいうちに懐中電灯、ロウソク、ランプ、食事などを用意して、夜に備えました。
とにかくこの日はうだるような暑さで、当然冷房も扇風機も使えないため、日が暮れだすと近所の人達は外でバーベキューを始めていました。さすがアメリカです。日常的によくバーベキューを庭やデッキでしているので、こういう突然の大停電になってもバーベキューをすぐに用意できるのです。
子供たちも何かのイベントと勘違いしているのか、キャッキャ、キャッキャと深夜まで大騒ぎでした。
近所のデリなどは、アイスクリームや飲み物を無料で配っていて、この停電で時間を持て余している連中が沢山お店の前でたむろしていましたね。
僕らも明るいうちに食事を準備していたので、ランプの灯りの元、慎ましやかな夕食をすませました。
食後に何か冷たいものが欲しいと思っていたところ、確か午前中にコーヒーを作って冷蔵庫で冷やしていたのを思い出しました。冷蔵庫を開けてコーヒーを取り出してみると、まだしっかりと冷たかったのです。
停電になってから冷蔵庫を開けないようにしていたおかげで、まだ冷蔵庫の中は冷えていたのです。
なんでしょう、この時飲んだアイスコーヒーほど、美味しいと感じたことはなかったです。停電になってから冷たいものを一切口にしていなかったので、その美味しさは格別で、今でも忘れられません。
久しぶりに音楽もない、テレビもインターネットも見ない静かな時間を過ごしました。
アパートの窓からは、マンハッタンの夜景がきれいに見えるのですが、この日は真っ暗なマンハッタンが見えました。
こんな風景はめったに見れるものではないと、しばらく窓の外を眺めていました。
翌朝、確か9時ぐらいに電気が復旧しましたと思います。
早速テレビをつけてニュースを見ますと、沢山のサラリーマンが家に帰ることができなく、公園や広場などで野宿をしている映像が流れていました。この時始めて昨夜の停電の大きさを知った次第です。
あらためて停電時に家にいて、幸運だったと思いました。
ニューヨークでも地域によっては電気以外に、水、ガスも止まったところもあったらしく、大変不便な経験をされた方達が大勢いたのでではないかと推測できます。
ただ、1965年にもニューヨークを中心に、同じ様な大停電がありまして、その時は商店などに強盗が入ったり、いろいろな凶悪事件がおきたみたいで、かなり治安が悪かったそうですが、今回は目立った事件も無く、無事に過ぎたようです。
まあ、1965年のニューヨークといえば、かなり治安の悪い頃ですからね。今とは比べものになりません。
実はその停電のあった2日後に僕は、日本に帰ることになっていまして、義兄がマイレージがあるからと、なんとビジネスクラスのチケットを送ってくれていたのです。
日本に帰る当日、JFK空港内のJALのラウンジでゆっくりくつろいでいますと、僕のすぐ隣に日本人のおじさんがドカッと座ってきました。
まだ空いているソファーが沢山あるのにわざわざ僕の隣に座らなくてもいいではないかと思いつつ、怪訝な顔でそのおじさんをチラッとみましたら、なんと今は亡き世界的な建築家、黒川紀章さんでした。
しばらくして、ラウンジにJALの方が来られて、アナウンスを始められました。
アナウンスによりますと、先日の停電により、機内食が用意できなかったので、申し訳ありませんが今回の機内食は幕の内弁当とさせてくださいという内容の説明をしていたと記憶しますが、その時突然、僕の隣に座っている黒川さんが「聞こえないよ!」と大きな声を張上げたのを思い出します。
大停電の余波が、こんなところにまでおよぶとは思いもしませんでした。









