Archive for April, 2008

ニューヨーク生活10

Tuesday, April 29th, 2008

僕は早朝の誰もいないストリートに一人、ガチガチに緊張し、こわばった顔をして突っ立ていました。

なぜならば、自分の作品をあのストリート(ニューヨーク生活9 で記載しました表通りのこと。)に並べていたからです。

朝の7時、とりあえず10点ぐらいの作品(ペインティング)を準備して、僕は自作の小さなイーゼルを2つ置き、作品をそこに置いてみました。

 

この辺りの土曜の朝7時といえば、どこの繁華街でも同じように昨夜の賑わいとはまったく逆で、閑散としていて街はまだ眠りの中でひっそりと静まりかえっています。お店のシャッターは閉まっており、たまにランニングしている人が通るぐらいなものです。

 

少し早く来すぎたようで、他のアーティストはまだ来ていない様子でした。

道路の脇に数台のワゴン車が留まっていましたが、たぶんストリートに来たアーティストの車だと推測できます。車で来るアーティストは、とにかく駐車スペースを確保しなければいけないので、前の晩から来ている連中も何人かいるのです。

 

しばらくすると、歳の頃は60前後ぐらいと思われる目つきの鋭い男が、ゆっくり僕の方に近づいて来ました。大きなキャンバスを何枚かロールに巻いて袋に入れてかついでいます。

男は僕の前にきて、「そこはオレの場所だからどけろ!オレはこのビルディングのオーナーにも許可をもらっているんだから、オマエはここではできないぞ!」と言ってきました。

 

たぶん場所取りでは一悶着あるだろうと覚悟していたので、”やっぱりきたか!”という感じでしたが、それにしても男が言う、ビルディングのオーナーに許可をもらっているというのはちょっとおかしな話しだと思いました。

ここら辺りのビルの相場はとんでもなく高いことぐらいは僕でも知っています。外見で人を判断してはいけないと思いつつも彼の様子をみれば信じがたい。

たぶんそれは嘘だろうと判断した僕は素直に引き下がるつもりはなく、「ここは公共の場所だから、オレの場所と言うのはおかしいじゃないか。早く来た者に権利がある!」と主張しました。

男は何を言っているんだという顔をして、更に男は僕にこう言い続けました。「オレは6年前からこの場所でやっているんだ。ストリートの仲間も沢山いる。新顔らしいが、オマエはここでトラブルを起こしたいのか!」と、かなりの迫力で迫ってきました。

それから続けて、「とにかくオレは今から近くのデリで朝食を食べて来るから、オマエはどこか別の所を探せ!」と言って男はそそくさと行ってしまったのです。おまけに彼と親しいと思われる他のアーティストも寄って来て、彼の言っていることの正当性を僕にくどくどと説明する始末です。

 

こんなことをいちいち聞いていたら、いつまでたっても新規に入り込むことなどできやしないかと思うのですが、さすがに初日から喧嘩はしたくありません。

まだ空いているスペースもあることだし、僕は諦めて男が主張する所から移動することにしました。

できれはアーティスト同士仲良くやっていきたいと思っていたのですが、どうやらそんなに甘い世界ではないようでした。

 

その日は晴天で外にいると気持ちがいい。沢山の人がショッピングや観光にこのストリートにやってきていました。

所々、アーティストのブースには人だかりができていました。

今朝、僕に場所を退くように言ってきた男の作品の前にも何人かの人が作品を見ていました。その中の一組の客と男は交渉をしていて、男の手には作品集や有名人と握手をしている写真など、様々な資料を持ち抱え、それを客に見せながら熱心に説明していました。

やがて交渉が成立したのだろうか、その男は客と握手を交してお金を受け取ったのでした。

いったいいくらで売っているのだろうか?どうしようもないもので、人の売り上げが気になるのです。

 

その男の作品はニューヨークの窓を描いた絵でした。黒色で下書きされたデッサンはキャンバスの上に印刷されたもので、その上からアクリル絵具一色で、薄く色をかけただけのものでした。悪いがお世辞でも良い作品とは言いがたいです。

サイズは一辺が1メートルぐらいの正方形でストリートで売られている作品としては大きめでした。それらの作品をビルの壁に4、5枚、四隅をガムテープで固定してディスプレイしているのです。

これなら向こうの歩道からでも、道を走る車の中からでもよく作品が見え、かなり目立ちます。

なるほど、この場所は彼にとって、ぜったいゆずれない場所なのでした。

 

ところで僕はというと、まあ、他人のことが気になるほど余裕があるぐらいですから、僕はいたって暇で、作品は売れるどころか、誰一人として興味を示すことなく作品の前を素通りしていくのでした。

実を言いますと、ぜったい売れるという自信が今朝ストリートに来るまでは確かにありました。がしかし、現実はそんなに運よく行く事は無いのであって、やはりそれなりの難しさがあるのでした。

 

なぜ、自分のは売れないのか?一方では妙に冷静な自分がいて、色々と分析してました。

とにかく言えるのは、明らかに準備不足ということです。”ストリートで作品を売る”ということについて、もっとリサーチをするべきだと痛感していました。

僕はそんなことを考えながらストリートで暇をつぶし、そして次第に自信を喪失していき、もうストリートに出てくることは無いだろうと、初日から早くも諦めモードになっていました。

 

そろそろ日も暮れだし、引き上げる事を考えていた頃、きれいなブロンド色の髪をした女性が一人、僕の作品を真剣に見入っていました。

僕は最後のチャンスとばかりにこの女性におもいきって声をかけてみました。

話をしてみると、彼女はこの近くに住んでいて、散歩がてらこの辺を歩いていたら僕の作品に目が止まったということらしいです。

思いがけず、彼女はいたく僕の作品を気に入ったようで、なんと2枚も買ってくれたのでした。

 

直接お客さんから現金を受けとるという行為が、僕はこれほど興奮するものとは思いもよらず、動揺しているのを彼女に悟られないように平静を装ったつもりでも、お金を受け取る手の震えを抑えることができずに彼女から代金を受け取りました。

その時は頭の中が真っ白で、お札をろくに数えもせずクシャクシャにして急いでジーパンのポケットへ突っ込んだのでした。

 

ストリート初日、僕は最後の最後で大きなプレゼントを頂いたような気持ちになりました。

つづく。  

 

ニューヨーク生活9

Friday, April 25th, 2008

ニューヨークに来てから半年が過ぎ、厳しい冬も終わろうとしていた頃、僕の住んでいるアパートからほど近い表の通りに何人かのアーティストが歩道にテーブルや台を置いて自分の作品を並べているのを見かけました。

 

絵画、版画、写真、彫刻など色々なものがあり、果たして作品が売れているのかそうでないのかはわかりませんが、アーティスト達は自分たちの作品の近くで各々好きなように暇をつぶしながらのんびりと、バカンスにでも来ているかのように楽しんでいました。

 

僕は表通りを散歩しながらアーティスト達の作品を見て、時には興味のある作品に出会うと立ち止まり、ちょっと見ていたりするとその作品のアーティストが気軽に声をかけてくれます。

けっして強引に作品を勧めてくるわけでもなく、作品について簡単に説明してくれたり、はたまた「どこから来たの。」みたいなたわいのない会話が始まったりとか、あくまでもコミニュケーション自体を楽しんでいるかのようで、そんな気さくで自由な感じの彼らのスタイルが、この街にとてもマッチしているのでした。

 

このアーティスト達が作品を出しているストリートは、以前ギャラリーが密集していた地域でしたが地価の高騰で殆どのギャラリーは他の地区に移動しました。

今は有名ブランド店や高級レストランなどのお店があり、地元のニューヨーカーはもちろんのこと、世界中から沢山の人がショッピングやディナーに来る所で今やもっとも有名になってしまった場所です。有名人やテレビ、映画スターなどセレブと言われる人々もよく見かけたりして、とても華やいだ場所です。

 

いつの頃からか定かではありませんが、自然発生的に週末になるとアーティスト達が自分の作品を歩道に並べては宣伝したり、作品を売ったりしていたらしいです。

そもそもニューヨークは公園や広い場所などを利用して野外でアートフェアーみたいなものをよく開催していたので、それが徐々にストリートへと広がったように推理できます。とりわけニューヨークはアーティストだらけの街なので、そういったイベントは盛んでした。

ストリートに出てきたアーティストは当然のこと無許可でしていたものだから何度も警察に摘発されていました。しかしそれに屈することなくニューヨーク市と根気強く戦い、裁判を起こし、とうとう自力でストリートで活動できる権利を勝ち取ったのでした。

”ニューヨークでは、敵にまわすともっともやっかいな連中はアーティストだ。”と、誰かに聞いたことがありました。

 

今はニューヨーク市の発行するセールス タックス IDというものを取得すれば、絵画、写真、彫刻などのアート作品に限り、広い歩道のある道ならばそれらを売ることがでるのです。要は税金をちゃんと払ってますという証明書みたいなものです。

それでも市はそのことをあまり歓迎していないのか、時々私服警官が見回りに来て、違法なものを売っていないか、またはIDを持っているかをまめにチェックをしています。

もし持っていなければその場で切符を切られます。そして違法な物を売っている場合は品物はすべて没収され、それで少しでも反抗しようものなら手錠を掛けられパトカーに乗せられて連行されます。

こちらの警察はガタイもいいし、かなり迫力あります。

つづく。

新作

Wednesday, April 23rd, 2008

タイトル 「blue-white (Structure series) 」 No.181TA

サイズ 900mm X 900mm X 40mm

アクリル、染料、紙、ウレタン、キャンバス、パネル

エレファントカシマシ ライブ

Sunday, April 20th, 2008

4月20日、今日はエレファントカシマシのライブに行ってきました。

場所は岡山CRAZYMAMA KINGDOM。

 

僕は宮本さんと同じ歳なのですが、相変わらずパワー凄いです。

宮本さんは歳を取りませんね。

 

主に最近の曲の演奏が多かったのですが、その中で僕の好きな曲の一つでもあります、「今宵の月のように」という結構古い曲を歌ってくれました。これは宮本さんが大事に歌ってきている曲の一つだと。

 

たまたまですがライブの帰り道、夜空を見上げると、なんともきれいな満月が出ていたのでした。

 

それともう一つ、これもたまたまですが、カバーを一曲演奏してくれたのですが、それがなんとユーミンの曲でありまして、「翳りゆく部屋」というこれも結構古い曲なのですが、歌詞の内容がとっても深いものがありまして、僕もつい最近のこと、ユーミンの古い曲ばかりが入ったCDをよく聞いてまして、「翳りゆく部屋」はもちろんのこと、「ひこうき雲」や「あの日に帰りたい」なんて久々に聞いておりましたが、なぜエレカシがユーミン?、なんだかとってもシンクロニシティな感じがしたのでした。

 

本当にたまたまです。

http://jp.youtube.com/watch?v=L4fPwiqGDdU

ニューヨーク生活8

Monday, April 14th, 2008

 話は少しさかのぼり、僕は当初の予定どおり一ヵ月でクイーンズの、あのかび臭い地下の部屋を出ました。

そしてマンハッタンのSOHOにあるアパートに引っ越したのでした。そのアパートは偶然、ある新聞のルームメート募集の広告をなにげなく見ていた時に見つけました。

 

それまで何件ものアパートを見に行っていましたが、なかなか良い物件に当たらなく、たまにいい物件に出会っても借り手が他に見つかり断られたりと、とにかくニューヨークの不動産は貸し手市場で物件が不足していた為、かなり僕はアパート探しに難儀していました。時にはニュージャージまで物件を見に行ったり、はたまた治安が悪いと言われている地域の物件なども足繁く見に行っていました。

 

僕は新聞を見てから早速に電話をしてアポイントを取り付けました。

これまでの経緯もあり、とにかく僕はアパートの借り主に今すぐ決めてほしいと必死に訴えたところ、僕の熱意が伝わったのかOKを出してもらえたのでした。

それも格安だったのです。SOHOといえば、ニューヨークのトレンド発信基地みたいな場所で、たいへん人気のあるスポットなのです。

 

なぜ格安だったのかと少し説明しますと、ニューヨークにはレントコントロールという法律がありまして、簡単に言えば賃貸契約更新時に今までの家賃より急激に上げてはいけないという法律です。

アパートの賃貸契約をする際にそのレントコントロールが有るか、無いかというのは重要で、有る物件と無い物件があります。

このレントコントロール付きのアパートに入居した人は、周辺地域の地価がいくら上がろうと次の契約更新の時はそれほど家賃は上がらないのです。当時は確か年に5%とか10%ぐらいの家賃上昇だったと思いますが。

なので同じアパートに住んでいてもそれぞれ入居した時期により家賃というのはかなりのばらつきがあるのです。

幸い僕のルームメイトはここら辺りの地価が上昇する前(およそ10年ぐらい前)からこのアパートに住んでいて、レントコントロールのお陰でそれほど高くない家賃で住んでいたのです。

普通ならもっと高い値段でも借り手はいくらだもいると思うのですが、このルームメイトはその安い値段で僕に部屋を貸してくれたのです。

 

新しく引っ越した先は、まさに自分がイメージしていたニューヨークといった感じの場所で真夜中でも街の騒音、人の声や車の音で騒がしかったです。とりわけアパートの前の道路が二ュージャージーへ抜けるホーラントンネルに続いているので、夕方からいつも大渋滞がおこります。アップタウンに向かう6thアベニューとクロスする交差点があり、信号が青になっても進まない状況にドライバーはいらだち、一斉に何台もの車がクラクションを鳴らすのでした。

日本では考えられませんが、まったくアメリカ人は自然渋滞というものを理解していないのだろうかといつも思ってしまうのですが、これはすぐ側に住んでいる住民にとってはかなりのストレスになります。

しかし、それでもあのクイーンズの地下の部屋より何十倍も気に入ってました。

ニューヨークという街は四方八方から強いエネルギーを放出しているのですが、それに負けないぐらいのエネルギーを貯め込み、そして持て余していた僕には、静かで長閑な環境は受け入れがたく、まったくなじめなかったのです。

 

アパートは6階建てのエレベータ無し、僕の部屋はその5階にありました。

けっして広くはありませんが、天井が高く南向きに窓があったので日当りがよく、日中はとても明るいのです。いままで色々とニューヨークで探しまわったアパートの中で一番気に入っています。それは、最初にこのアパートを見に行った時に感じたのですが、地下鉄の駅を降りて最初に見た風景、街の雰囲気、空気といったものが自分の心とピタッと一致したと言いましょうか、なんと言っていいかうまく表現できませんが、まだ部屋も見てないのに、ここに住みたいと思える場所なのでした。

 

部屋探し一つにしても初めての経験なので、色々と勉強させられましたが、最終的に自分が一番気に入った所に決まったことで、これから始まるニューヨーク生活が前途明るく、輝いたものになるはずだとその時ようやく今までの不安は消えて、自信が持てたといいましょうか、僕はそうなると確信できたのです。

つづく

ニューヨーク生活7

Thursday, April 10th, 2008

美術学校に入学して二年目春、毎年学期の最後に行われる学校のコンクールに彫刻の作品を出品しました。

このコンクールには副賞として、賞金や授業料免除、ヨーロッパ旅行、留学などが付いています。

大半の生徒はこれを一つの目標にして作品制作に力を注ぐ訳ですが、僕はというと、そういうことにはあまり関心がなく、もうそのころの僕は学校以外で他に情熱を注ぐものがありまして、(これは後に書きます。)またレオニードのクラスが無くなったというのもあり、学校でのモチベーションを保つことがまったく出来なくなり適当に授業を消化しながら学校ではうまく経ち振る舞うような、なんとも小賢しい生徒になっていました。

そんな自分でも、せめて年に一度しかないこのコンクールぐらいは形だけでも出品せねばという変な義務感で、他の真面目な生徒達の熱意に敬意をはらいつつ、最後に慌てて追い込みをかけてこのコンクールに出品したのでした。

 

作品は3点出品することになっており、実物大の女性の顔とトルソ(胴体)、それから小さめの裸婦が横たわっている全身の彫刻です。

3点共、そのころニューヨーク近代美術館、通称MOMAで開催されてあったジャコメッティ展で彼のドローイングを見た時にインスパイアされた作品で、彫刻の表面にドローイングするようにナイフで無数のラインを刻むことにより、彫刻に二次元的要素を取り入れて躍動感やボリューム感をうまく表現できないかと考えた実験的な作品でした。

 

ところが、蓋を開けてビックリ!驚いたことに僕が賞をもらってしまったのです。

一様審査員は外部の美術関係者に頼んでいるので、真面目な生徒達には悪いが僕のような、普段不真面目な生徒でも作品が評価されたなら、賞を頂くケースも十分ありうるのです。副賞はありがたいことに6000ドルという賞金と授業料免除、さらにリンカーンセンター内にあるCork Gallery で作品発表という特典付きでした。 

 

実をいいますと、賞は取れないだろうと思い込んでいた僕は受賞者の名前が発表してある張り紙も見ることなく、そそくさと審査の終わった会場で自分の作品を片付けていました。

しばらくすると背後からクラスメートが近づいて来て「Congratulations!」と肩をたたかれ、そこで初めて審査の結果を知った次第ですが、我ながらなんともいいかげん過ぎる自分につくづく嫌気がさしました。

 

現在その作品は、 Williamsburg Art & Historical Centerというニューヨークはブルックリンにありますギャラリーのコレクションとなっています。

つづく。

氏神様参り

Tuesday, April 8th, 2008

今日は月に一度の、氏神様参りに行きました。

日々の感謝の気持ちを神様にお伝えするだけですが、習慣にしています。

 

昨日は一日中雨が降っておりましたので、桜の花はどうなっているかと思っていましたが、まだ花びらは落ちていませんでした。

今日は風が吹いていたので、神社の境内では桜の花びらが舞い、ちょっと神秘的でした。

ニューヨーク生活6

Sunday, April 6th, 2008

レオニード・ラーマン(Leonid Lerman)、僕の先生の名前です。

彼との出会いは、僕のニューヨーク生活に多大な実りを与えてくれたと思います。アートに対する取り組み方や考え方を教えてくれたというよりも、見せてくれたアーティストの一人でした。

 

初めて彼を見た時の印象はあまり良い印象ではありませんでした。

目つきのするどいと言いましょうか、野性味あふれる眼光の持ち主で、近寄り難いオーラを発しているような雰囲気の人間でした。さらに彼の使う英語が、なんともストレートすぎるのでさらにキツイ印象が増幅するのです。

おまけに大の議論好きだったので、特にそういうのが苦手な僕は初めて彼と接した時にある種の恐れを抱くのでしたが、当然のことながら彼はそんな僕の気持ちなど知るよしもなく、クラスでは頻繁にエキサイトな議論が交されました。

さすがに知識と経験の両方を兼ね備えた彼に勝てる者はいるはずもなく、最終的に彼の言っていることが正しいのだと皆が納得してしまうのでありますが、それがなんとも悔しくもあるのです。

 

いつぞや彼に、「好きな作家は誰ですか?」みたいな質問をしたことがありました。

彼は少し考えて「それはとても難しい質問だ。……どんな作家でも良い作品もあるが良くない作品というのがある。例えばロダンの”バルザック像”とかジャコメッティの”歩く男”とかという具合に。この作家のこの作品が好きだというように、あくまでも作品についてしか答えることしかできない。」と、返されました。

いやぁー、なるほど。僕はいたって気軽な質問をしたつもりでしたが、彼は常に自分の発する言葉に神経を使っているのか、それとも自分の生徒に対して安易な回答をするのをためらったのか。まあ、どちらにせよ彼に対してあまりにも安直な質問をしてしまったと、ちょっと恥ずかしい思いをしたことがありました。

 

授業中はいつも彼は生徒一人一人に声を掛け、こと細かくその生徒の作品についてコメントしてくれます。

もちろん僕の作品に対しても同様に彼流のストレートな言い方で手厳しく批評してくれました。

ある時など、「おまえの作っているこの彫刻は五番街で売っているみやげ物の置物みたいだ。」なんて、くやしくて涙がでるようなことを平然と言ってくれるではありませんか。

彼の言わんとすることは分かるのですが、こんなことを真面目な顔して言われるとジョークで受け流すこともできず、もうちょっと言い方があるでしょうにと腹立を立てたことも多々ありましたが、それでも彼はいつも作品についてコメントした最後に、「これはあくまでも私の見解で、もし君が違う考えがあるのであればそれはそれでいい。どちらを選ぶかは君の自由だ。」と付け加えるのです。

厳しいけれど、決して自分の意見を押し付けるとこはしません。彼は根っこの所で人それぞれの考えを尊重していたのでしょう。

 

思い起こせば、当時は言葉の壁が大きく、意思の疎通ができないがためフラストレーションを貯めていたと思います。僕は何かにつけていちいちカチンときてましたから。

今更ながら先生とのコミュニケーションはかなり空回りしていたように思うのですが、先生からしてみれば、そんな面倒くさい生徒に対して、本当に熱心に指導してくれたのでした。

 

彼はいつでもピンっとアンテナを張って新しい感性に出会えることを本当に楽しみにしているようでした。

しかし、彼の本音のところは好き好んで教師業をしているわけではなく、できることなら制作のみに没頭したいというのはあるようです。

しかし、彼ほどの才能の持ち主であれ現実は、このニューヨークで作品制作だけで食べていくことは非常に困難なことなので、それができるるのはごく一部のアーティストだけなのです。

つづく。

新作

Thursday, April 3rd, 2008

タイトル 「Civitas Solis」 

サイズ 1400mm X 1000mm X 55mm

材料   アクリル、岩絵具、紙、ウレタン、キャンバス、パネル

 

来週、東京に発送。

花見

Wednesday, April 2nd, 2008

平日の昼間なのでそれほど人がいないだろうと思っていましたが、とんでもない勘違いでした。

今日のお昼頃、後楽園へ花見に行ったのですが車が駐車できないほどの人でした。

それでもって機動隊が県庁の周りに配備されていたり、あのモスグリーン色のスピーカーを付けた車が演説しながら巡回したりしていまして、あたりは物々しい雰囲気でいったい花見はどうなることやらと思っていましたが、肝心の桜の方は街の喧噪をよそに悠々と穏やかに素晴らしく満開でした。

 

旭川の河原では露店が出たりして沢山の人で大賑わいでしたが、後楽園の中は思いのほか人は多くはなく、ゆったりと桜の木の下にシートを敷き手製のお弁当を食べながら桜を満喫しました。

 

どこかの老人会の方々が来ておられて、みなさんでよさこい節を歌っておりましたが、だんだんテンションが上がってきまして、とうとう輪になってみんなで踊って いました。

いいですねぇ。 楽しい!