Archive for the ‘旅行’ Category

0泊3日 弾丸ツアー in 横浜 5

Thursday, April 22nd, 2010

佐藤「シゲルさん、横浜は任せましたよ。」

シゲル「あー、残念だけどよくわからんのよ。横浜にいる時は、車持ってなかったし、時々レンタカー借りたり、タクシー乗ったりするぐらいだったんよ。」

佐藤「そうなんですかぁ?」

シゲル「まあ、だいたいこっちだと思うから、とりあえずこっち行ってみようか。」

僕らは例のナビがあるからと、地図というものを持ってきていなかった。

いくらナビがあるからといって、地図ぐらいは持っていくべきだった。

そしてこのナビが結構くせもので、僕らをわざと混乱させているのではないかと思ってしまうくらい、変な道を案内する。

川沿いの土手道とか、狭い住宅街とか、このカーナビが無ければ絶対に通ることのないだろうと思われる道に我々を誘導してくれるのだ。

僕らは気がつくと、国道1号線を走っていた。

これはまずいと思った。

こちらに行くと多分大磯あたりまで行ってしまう。

また、土曜の夕方となれば、この国道は混雑するのだ。

佐藤「どこかで横の道に入りますか?」

シゲル「たぶん、横の道も混雑してるよ。」

僕の予想どうりに、横に抜ける道もやはり混雑していた。

ここまで来てしまっては、どの道同じだ。

僕らはこのまま一号線をつっぱ走って、大磯まで行き、そこから東名に入ることにした。

時間的余裕をもって横浜を出発したのだが、このロスで余裕が無くなった。

しかし幸い、二人とも適当なタイプというか、楽観主義者というか、そんなことをいちいち気にするタイプでもなく、大磯までの道をゆっくり眺めながら今を楽しんだ。

知らない町を見るのは本当に楽しい。

昔ながらの和菓子屋さん、八百屋さん、昭和初期に建てられたと思われる平屋の家、ちょっと変わったタイプの倉庫。

結果的に岐阜には予定時刻より30分程度遅れた感じで到着できた。

僕らに1円で便器を譲ってくださる方が、トラックに大きな合併浄化槽を積んでいるのを見て、「岡山から来られたんですよね?」と。

いえいえ、「岡山から横浜に行って、こいつを横浜でピックアップして、そこから岐阜です。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ。」

佐藤さんが、いくらなんでも1円という訳にはいかないだろうと、千円札を相手に渡そうとしたら、とんでもないという顔をして、かたくなに受け取らなかった。

「どうぞ、ぜひ、これはタダで持って帰ってください。捨てるのはもったいないと思っていたので、何かに使って頂けるのなら、もうそれで私は満足です!」と。

さすがにここまでして、便器を取に来たとは思ってもいなかったようだ。逆に相手が恐縮していた。

「ここから岡山までだと、まだかなり距離ありますから。本当にどうか、くれぐれも気を付けてください。この便器の為に事故でもしたら、それこそ馬鹿らしいので。」

不吉なことを言ってくれるが、もっともだ。

それではお言葉に甘えて、僕らはそれを頂いて帰ることにした。

帰りの高速で、夜食というか、朝食というか、中途半端な時間に食事をした。

さんざん悩んだあげく、僕は豚塩ラーメン、佐藤さんはカツカレーを注文した。(お互い結構ヘビーなもの注文してしまった。)

佐藤「あぁぁぁー、サービスエリアで食べるんじゃなかった。いつも食べてから後悔すんのよ。」

シゲル「どうしたの?」

佐藤「このカツ、固くて草履みたい。」

シゲル「草履? 歯ごたえ?」

佐藤「いや、味が。」

いったい、どんな味なんだ。

明け方頃、僕は備前で佐藤さんを降ろした後、ひとまず玉野の家まで荷物を積んだままトラックで帰った。

少し休んで昼過ぎに駅東創庫でまたおち合うことにした。

今度はクレーンが無いので、浄化槽をトラックから降ろすのが大変なのだ。

カタログには浄化槽の重さが約230kgと書いてある。

販売元は大人4人いれば大丈夫と言っているが。

ウソかホントか知らないが、単純に計算すると、一人60kg弱だな。

微妙な重さ。

で、意外と大丈夫だった。

結果的に無事に浄化槽をMさんの所に届けることができたのだった。

”0泊3日 弾丸ツアー in 横浜”これだけ引っ張っておいて、実のところ大したオチも無い。

しいていえば、高速代は例のETCとやらで、安く済んだが、意外と燃料代が高くついた。

ざっと今回の経費を計算してみると、実際は浄化槽を向こうから有料で送ってもらうのと、そう変わりないのではということをうすうす感じている。

ただ、それは僕と佐藤さんの間では、もはや絶対言ってはならぬ禁句ワードとなっていた。

言い訳がましいが、たとえそうだとしてもだ、関東方面には一度車で行ってみたいと、僕は思っていた。

僕が車で一番東に行ったと言えば三重の伊勢までだ。

実際こんなことがないかぎり、行きたいとは思っていても、車で関東の方まで行く事はなかっただろう。

それも2tトラックでだ。

ゆるい坂道ではアクセルをべた踏みしても、せいぜい80km/hがやっと。

しかもリクライニング機能の無い、背もたれが垂直なシートでだ。

腰は痛かったが、理屈抜きに楽しかった!

”お金が無い”で始まった今回の弾丸ツアー。

でも、最終的には”お金の問題ではない”って言うことにでもしとこう。

ずっと読んでくださった方々、申し訳ないが、こんな締めくくりでどうでしょう(汗)。

0泊3日 弾丸ツアー in 横浜 4

Wednesday, April 21st, 2010

携帯が鳴った。

茅ヶ崎のお義父さんからの電話だった。

もうすぐ関内の駅に着くということで、僕らは歩いて駅までお義父さんを迎えに行った。

僕はかつて、この辺りに住んでいて、実に2年ぶりの風景だ。

ほんの2年の内に、少し町が変わったような気がした。

駅の改札口には多くの人が誰かを待っていた。

佐藤「色んな人がいるなぁ。僕はやっぱり都会には住みたくないな。」

シゲル「そうだね。たまに来る分にはいいけど。」

これまで長い間、都会で暮らしていたけれど、今は田舎の空気というか、時間というか、いつのまにかそんなもんが体の深部にまで浸透しているのを感じた。

そういえば、この1月に馴染みの画廊の奥さんから、「シゲル君もNYから帰ったときは、今よりも歩くスピードも、しゃべるスピードも、ずっと早かったわよ。」なんてこと言われたけど、言われるまで自分では気がつかなかった。

それが良いのか、悪いのか、そんなとりとめのないことを考えているうちに、向こうからお義父さんが僕らに向けて片手を上げ、大きく腕を振りながら改札から出きた。

お義父さん「やあ、お疲れさん。大丈夫だった。とりあえず何処行きたい?」

シゲル「周さんの所に行きましょう。」

周さんとは料理人の周富輝のことだ。

この近くに周富輝のお店、生香園があるのだ。

僕はここの海鮮焼きそばが大好きで、食にうるさい佐藤さんにもぜひ食べてもらいたいと思ったからだ。

11時を過ぎていたが、お店はまだ開店していなかった。

お義父さんが店のドアを開け、「入ってもいい?」って店の人に声をかけ、半ば強引に店の中へと入って行った。

続いて僕らもお店の中へ入った。

海鮮焼きそば、エビマヨ、春巻き、スープ、カシュウナッツと鶏肉の炒め物を注文した。

お義父さん「もっと食べれそうなら、チャーハンも頼もうか?」

僕らは顔を見合わせて、「とりあえず、これくらいで。」

お義父さん「じゃあ、これを食べてから考えようか。」と一人合点し、ビールを注文して、僕らに”飲む?”

いやいや、お義父さん、冗談でしょ!!

どの料理も以前と同じく、美味しかった。

しかし、これ以上は食べれそうにない。

チャーハンは注文しなくて正解だった。

お店を出た後、お義父さんに食事の御礼と再会を約束して、僕らはBankART1929 を目指した。

以前来た時よりもBankART1929はより洗練されていた。

一階受付の前には、アート関連の書籍、グッズなどが沢山揃えられてあり、その奥にカフェがあった。

駅東創庫にもカフェがほしいと思っていたが、これを見てさらに強く思った。

そして、とにかくデザインの重要性を感じた。

看板にしても小さなチラシにしてもだ。

もっとこだわりが必要。

実は密かに駅東創庫のチラシを持っていたのだが、ちょっと恥ずかしくなって受付の女性に渡せなかったのだ(汗)。

2階、3階では、レジデンスとして何人かのアートストが公開制作をしていた。

その中で、ペインティング作品を制作している女性に声をかけてみた。

話を聞くと、倉敷芸科大を卒業された方だった。

倉敷芸科大と言えば、駅東創庫にも卒業生が2人いる。

なんとその中の一人に、彼女も知っている人がいたのだった。

ホント、世の中狭いね。

そんで、その後ろでこれまたペインティング作品を制作している男の子がいて、彼は現役の倉芸の生徒だった。

なんなんだろうなぁ、なんで横浜まで来て、倉芸なんだ!

決して倉芸がどうのこうのということではない。

ただ単に、地元ってやつがどこまでもつきまとっている現状に、なんとも言えない感情が沸き上がった。

この日は夜の7時から、ここでパーティーがあるらしい。

せっかく誘って頂いたのだが、僕らはそんなに長居ができない。

先方の都合があり、残念ながら夜の9時までには岐阜まで行って、1円の便器をピックアップしなければいけないのだ。

この時ばかりは、1円の便器が恨めしく思えてならなかった。

つづく。

0泊3日 弾丸ツアー in 横浜 3

Tuesday, April 20th, 2010

なんだろう、こういう時に限って、日本列島は大荒れだ。

天気予報によると、関東地方は雪が降るという。

おいおい、いったい今は何月なんだ。

荷物の積み降ろしの時には雨が止んでくれよと、祈る思いで僕らは横浜に向かっていた。

僕は出発前に1時間程は仮眠ができた。

同じく佐藤さんも1時間程は仮眠ができたそうだ。

今となっては、僕らは何を話していたのか覚えていないが、とにかくしゃべりながらの移動で、名古屋まではあっという間だった。

備前を出発してから、ずっと佐藤さんが車を運転していた。

何度か運転を交代しようと申し出たのだが、彼はぜんぜん平気だと言う。

その言葉に甘んじていた僕は、名古屋を過ぎあたりから猛烈な睡魔に襲われた。

佐藤さんから「シゲルさん、寝てくださいよ。」という一言を聞いて、僕はがっくりと寝てしまった。

ふと気がつくと、空は白けていた。

外は相変わらずの大雨だ。山のてっぺんが白くなっていた。

箱根の手前ぐらいだろうか。

横を見ると佐藤さんが涼しい顔して運転している。

この男、いったいどうなっているのか。本当に大したものだ。

僕らはこのまま一気に横浜まで行き、とりあえず赤レンガ倉庫に着いたのだった。

とにかくこの大雨の中での浄化槽受取りは避けたいところだ。

トラックが2台駐車できて、しかも屋根のある場所を探して、僕らは赤レンガ倉庫付近をグルグルと探し廻った。

以前この辺りに住んでいた僕は、思い当たる場所を一つ一つ廻ってみたが、残念ながらそんな都合のいい場所は見つからなかった。

浄化槽の高さが約1.8m、それを簡易クレーンで吊るして、トラックの荷台に乗せるには相当の高さの屋根が必要だったのだ。

結局、屋根は無いがトラック2台が十分置けるスペースを見つけることはできたので、そこで荷物受取りをすることにした。

浄化槽の相手に連絡を入れると、すぐ近くで待機しているというので、僕らはこの場所に相手を案内した。

浄化槽を運んで来てくれた方は、くしゃくしゃな笑顔で、「わざわざ岡山から来られだんですが。」みたいな強い茨城なまりで、トラックから降りて来た。

クレーン操作は手慣れたもので、あっという間に僕らのトラックに浄化槽を積んでくれたのだった。

そして、どういう訳か奇跡的に浄化槽の積み込みをする時に、雨は止んでいた。

今回の旅の第一目的である、浄化槽の受取りが無事にできたので、ひとまずほっとした。

後はこいつを無事に持って帰るだけだ。

僕らはとりあえず、カフェにでも入って休む事にした。

ランチは茅ヶ崎のお義父さんと約束していたので、それまでゆっくりするつもりだ。

カフェに入ったとたん、佐藤さんの思考回路が休止したのがわかった。

ゆっくり座れそうな大きめの椅子に腰掛けると、佐藤さんはスイッチが切れたように眠りに入った。

さすがに二人とも寝てしまっては、店の人に悪いと思い、僕は目を開けてただ呆然と前を見ていた。

つづく。

0泊3日 弾丸ツアー in 横浜 2

Monday, April 19th, 2010

小雨が降る中、僕らは岡山を出発して、一路横浜に向かった。

備前から乗ってきた佐藤さんが気を利かして、ちょっと古めのポータブルカーナビとTSUTAYAで借りた映画のDVDを5枚、トラックに持ち込んでくれた。

佐藤「シゲルさん、借りてきましたよ〜、DVD。先は長いので、映画でも見ながらいきましょう。」

シゲル「おっ! 流石だね、佐藤さん。」「ところで何借りてきたの?」

佐藤「ちょっとそれ、見て下さいよ。」

シゲル「なになに、えーと、・・・・ワルキューレ、ホテルルワンダ、チェ 28歳の革命、世にも不幸な物語、ジュノ。」

佐藤「面白そうでしょう。」

シゲル「・・・・・・・・・・・・・・そうね。」(結構がっつり見なければいけない映画ばかりだな。)

とりあえず、せっかくなのでそのDVDを見ようと、ナビにセットしたところ、反応がない。

しばらく待つと、”再生可能なディスクをセットしてください。”というメッセージが出た。

要するにエラーということだ。

順番に借りてきた5枚のDVDをナビにセットしたが、どれも同じ反応だった。

いかにこのロングドライブを有意義で、楽しいものにするべきか、という我々の課題を克服するべく、佐藤さんが考えた出したアイデアが、無惨にも初っぱなから挫かれたのであった。

まあ、良い。

野郎二人のロングドライブ。

車内は映像無し、音無し、シンプルに会話のみということだ。

(写真:給油中の佐藤さん。)

少し話を戻そう。

そのMさんのリフォームの最大のポイントは、汲取式トイレを水洗トイレにすることだった。

Mさん宅の前の道は私有地らしく、その地主との交渉でどうやら下水工事ができないらしい。

そこで、Mさん宅に合併浄化槽というものを設置する必要があるらしいが、その合併浄化槽がやたら高いのだ。普通に買えば60万ぐらいするらしい。

そこを佐藤さんは少ない睡眠時間をさらに削って、毎夜ネットで安い材料を探し、ついに見つけ出したのだ。

その合併浄化槽がなんと13万であるというのだ。(当然新品。)

ただし、それを販売している会社が茨城にあり、神奈川県内までなら無料で配達してくれるというこただった。

そういう経緯を聞いた僕は、トラックを借りれる手段もあるし、一人でそれをやろうとしている佐藤さんに協力を申し出たのだった。

そういう訳で、今回の旅が始まった訳だ。

ついでにちょっと観光もできればいいね、っていうことで、その合併浄化槽の受取り場所を横浜の赤レンガ倉庫付近の駐車場に決めたのだ。

なぜ横浜の赤レンガ倉庫付近にしたかと言うと、BankART1929がその近くあるからだ。

BankART1929、僕らと同じ様な活動をしているとは、口が裂けても言えないが、目標にしている施設だ。

それをぜひ、佐藤さんにも見てもらいたいと僕は思っていたのだ。

それからついでにネットオークションで落とした、これまた1円という格安の便器を帰り道に岐阜に立寄りピックアップする計画だ。

出発前日に大まかな旅のスケジュールを佐藤さんから聞いた。

金曜の晩に岡山を出発、土曜の朝に横浜で合併浄化槽を受け取る。

それから夕方まで横浜観光して岐阜に向けて出発。

土曜の夜に岐阜で便器を受け取り、日曜の朝に岡山着。

うーん、なるほど。ぜんぜん寝る時間が考慮されいない。

いかにも佐藤さんが作りそうなスケジュールだった。

実は佐藤さんもアメリカ生活が長い。向こうにいた時、普通に18時間とか車で移動していたと言う。

本人曰く、8時間ほどのドライブなど、ぜんぜん平気なのだと。

まあ、小刻みの睡眠をとれば、なんとかなるだろうと考え、そのスケジュールで旅は始まったのだ。

つづく。

0泊3日 弾丸ツアー in 横浜 1

Sunday, April 18th, 2010

”お金が無い!”全てはこの一言から始まった。

もう寝支度をしている妻に「それじゃあ、ちょっと行ってきます。」と一言残して、僕は昼間のうちに友人から借りてきた2tトラックに乗り込んで、アクセルペダルを思いっきり踏み込んだ。

もう寝静まった静かな住宅街の一画で、トラックの排気音があたりに響き渡った。

まずは備前で友人一人をピックアップして、そこからこの旅の始りだ。

話を戻そう。

ことの始まりは玉野市出身で、今はニューヨークを拠点にご夫妻で映像作品を作っているMさんが何年かぶりかで、玉野に帰ってきたことから始まる。

彼はどこかで聞いたのか、ある日こと、駅東創庫に遊びに来たのだった。

僕も5年程NYに住んでいたが、同じ玉野出身でありながら、お互いまったく知らなかった。

面白いもので、また何でこんな時期に彼と出会ったのだろう。

聞くところによると、彼はご両親が残してくれた玉野の実家で外国人相手の旅館を始める計画を立てていた。

なぜ、外国人相手なのか。

今、宇野港近辺では外国人の旅行者を見ない日は、まず無いであろう。

それは周知の如く、直島があるからだ。

不思議なことに、これだけ国際的な観光地でありながら、直島ではベネッセハウス以外英語対応のサイトのある旅館は一つも無いのである。

そこに目をつけた彼は早速英語対応のサイトを作り、ある仕掛けをすると、直ぐに海外からの問い合わせが来たのだった。

これはかなり期待できるビジネスだと踏んだ彼は、思い切って勝負に出たのだった。

銀行からお金を借りて、玉野の実家を旅館用にリフォームするのである。

ただ、借りたお金と彼の手持ち資金だけでリフォームするとなれば、正直そうとう厳しい。

早い話が普通にリフォームするには資金が足りないのである。

それを聞いた駅東創庫にスタジオを持つ、佐藤さんが人肌脱ぐこととなったのだ。

彼はアーティストでありながら、作品を納める空間までも作ってしまう男だ。

当然大工はおてのものだ。

佐藤さんの考えでは、材料はネットオークションなどで安く手にいれて、極力人件費を節約できれば、なんとか彼の集めた資金でもリフォームが可能らしい。

極力人件費を節約ということは、協力できる人間がボランティアに近い働きをするという意味だ。

決してボランティアがいい提案などとは思わない。

ただ、シンプルにしないよりはした方が面白いということだけだ。

普通ならばお金が無いのなら、しなければいいという話だろうが、”それじゃ世の中つまんねえ”、ってところだろう。

世間一般は、アーティストはカスミを食べて生きていける人種と思っている人が多い。

そんなことは、あるはずもない。

アーティストだってしっかり食べなきゃ生きていけない。

情熱だけでなんとかなる話ではないのだ。

そのことをリアルに感じている僕たちは、アーティストとしてできることならなんとか力になりたいと思うのが心情である。

つづく。

瀬戸内クルーズ

Tuesday, June 16th, 2009

男木島の灯台

男木島のオーシャンブルー

女木島のある家の窓

直島のベンチ

直島銭湯(大竹伸朗 作) 工事中

偶然、路地からご本人が出て来た。

紅葉

Wednesday, November 5th, 2008

 

今日は家族で紅葉を見に行きました。

場所は岡山県立森林公園です。

この公園に来たのは十数年ぶりですが、以前来た時と、全く変わっていませんでした。

僕の中で変わっていない、維持されているということは、すごい事なのです。素晴らしい。

 

ここは岡山の中でも、特に好きな場所で、沢山の種類の木々や植物、野鳥が見れます。

敷地もかなり広く、展望台、滝、湿地と、色々な自然を歩いて見ることができますので、散歩好きの方には、とてもいい場所ではないかと思います。

また、園内にテーブル、ベンチが所々にあるので、お弁当を持って好きな場所で食べることができます。

 

鳥取県との県境に位置しますので、自宅から車で3時間ほどかかりますが、春になったらまた出掛けたいですね。

 

そういえば、たまたまだったのか、来園者が多かったです。たぶん今までで最高だったのではないでしょうか。

いつもはほとんど人がいないのですが。

平日なので若い人はあまりいませんが、その代わりに団塊世代から高齢者の方々が多かったです。

駐車場には枯れ葉マーク?厳密には高齢運転者標識を付けている車が多く、みなさん本当に元気です!

北海道旅行2

Sunday, October 19th, 2008

 

今回の旅のメインは洞爺湖にあります、ウィンザーホテルです。

http://www.windsor-hotels.co.jp/toya/

先ほどサミットが開催されたホテルですが、さすがサミット会場に選ばれるだけあって、なかなか豪華な作りのホテルでした。

 

ホテルに入ってまず、僕が確認するのは、飾られている絵や彫刻です。

僕も熱海のリゾートホテルに作品が飾られているので、どんなものが飾られてあるのか興味津々なところです。

そして感想はと申しますと、はっきり言いいまして、良くも悪くももないといった感じでしょうか。残念ながら期待した程ではありませんでした。

普通の人はこんなことをあまり気にしないのかもしれませんが、僕としてはセンスのいいものが一つでもあれば、ホテルの格が一気に上がるのです。逆にセンスの悪いものが一つでもありますと、印象が一気に落ちます。

 

旅の大きな楽しみといえば食事ですが、ここの食事はたいへん美味しかったです。

僕たちはホテル内にあるカローダイヤモンドというベトナム料理のお店で夕食をたべました。

ニューヨークに住んでいた頃、よくベトナム料理を食べに行っていましたが、日本に帰ってからまったく行ってなかったので、とても楽しみにしていました。

特にカニとホタテでダシをとった、フォーはたいへん美味しかったです。

最後にシェフオリジナルのブレンド中国茶がでてきまして、一口飲むと旅の疲れを癒してくれるような、芳醇な香りとやさしい味でした。

ただ、僕としては最後のシメとしましては、コンデンスミルクの入ったベトナムコーヒーもすてがたいのでした。

 

夜は POLO BARにて、オリジナルカクテルを頂き、マスターからサミットの裏話などを聞きながら、北海道の秋の夜は徐々に更けていきました。

北海道旅行1

Sunday, October 19th, 2008

 

午後6時に仙台港からフェリーで出発、翌朝11時に到着予定の、目指すは苫小牧の港です。

たまたま運悪く、海は大しけの暴風雨でした。普段はそれほど船は揺れないらしいのですが、その夜はたいへん揺れてました。

結局、部屋の窓から朝日が見えるまで、熟睡することなく、少し頭痛を感じながらの朝を迎えました。

まあ、何事も経験です。頭の片隅に次回の時は”フェリーは無いな”、と思いながらの北海道上陸でした。

 

最初の宿泊地は札幌の奥座敷、定山渓温泉です。

周囲を山々に囲まれたこの温泉地はすでに紅葉を迎え、とてもきれいでした。

雨が降った後だったので、山肌から靄が出ていて、山間の温泉地らしいなんとも言えない静けさがありました。

 

夕食のお膳に毛ガニが一匹、お膳の中央に鎮座しておりまして、これが何かを予感させるがごとく、この日を境にカニづくしの日々が始まるのでした。

伊勢旅行

Friday, June 13th, 2008

2泊3日で伊勢旅行に行ってきました。

特に伊勢神宮は想像以上に素晴らしい所でした。

境内の木の大きさから何千年規模ではないでしょうか。とても古いと感じました。

起源は紀元前69-70年と記紀神話に従った伝説らしいですが、これは考古学的資料に基づくものではないらしいので、本当のところはわからないそうです。

 

外宮は伊勢駅からすぐの所にありまして交通量のある街の中にあるのですが、いざ境内の中に入りますと、様相は一変します。

参道を歩きますと、形の揃った玉砂利のこすれる音が聞こえるのみで、とても静かです。そして大きな木々に覆われて辺りは少し薄暗く、心がとても落ち着きます。

その外とのギャップがより一層、神聖な場所であると感じるのです。

 

しかし外宮も内宮もあれだけ奇麗に整備され、警備の人も結構いるのですが、駐車場も拝観料も無料というのはすごいと思いました。

 

参拝をして外宮から出る途中に、少し気になった木の枝があったのでデジカメで撮ろうとしたら、シャッターが動かなくなってしまいました。

たぶん外宮から出たら動くのではないかと思いながらも、カメラをあれこれといじりながら立ち往生。

 

同行していた妻からは「せっかく気持ちよく歩いていたのにぃ!」と怒られてしまいました。

 

実際に外宮から出てカメラを確認したらやはり動きました。

僕はひそかに神様が合図を送ってくれたのだと信じているのですけど?