絵画の基本
November 19th, 2008
なんでしょう?
例えば3原色、色相、彩度、明度、補色、寒色、暖色、バルール、コンポジション、デッサン、黄金比率などなど。
切りがないほど、色々ありますねぇ。
うまく描こうとする人は、こういう事を念頭におき、描いているんでしょう。
片手には難しい技法書なんかを持ったりして。
かつて、僕もそうでした。
でも、今は違います。
なぜなら、行き詰まってしまったのです。(汗)
で、原点に帰った時に、ハッと気がつきました。
アートって、なにをやってもいいんだってことを。
ルールなんてありません。自由なんです。
こんなあたりまえのことが、いい絵を描こうなんて力んでしまうと見えなくなるのです。
基本というのは、ないがしろには出来ない物だけど、最初に基本があって、みたいなのはどうも違う気がします。
最初から、60点、80点あたりを狙って描いている人には、基本を抑えてから描き始めるのは妥当なのかもしれません。
僕は、結果的に赤点の30点から0点ぐらいになってもいいから、100点狙って描きます。作品作って、100点なんてぜったいありえないことなんですけど、とにかく目指します。
100点に近づくには、最終的に自分の予期しない、想像していなかったことが作品の中で起こらないと、到底近づけないような気がします。
だからできるだけ、いろんな枠を取っ払った状態でいることが、僕の場合は大切です。そして、自分の気持ちに正直でいること。
どんどん駄作を作っていけばいいのです。とにかく作品は作らないとね。
でも、アートっておもしろいです。60点から80点ぐらいの作品って一番つまんないもんです。それより限りなく0点に近い作品の方が、心に残る場合もありますからね。
言葉
November 18th, 2008何でもそうですが、知れば知る程、そのことについての言葉が出なくなるもんです。
もはや、僕はアートについて、しゃべれなくなっています。
語れば語る程、核心から遠のくような、何とも言えない空しさを感じます。
理路整然に”何々はこういうものだから”、なんて説明された時はうっとり関心してしまうのですが、後で何を言っていたのか、覚えていないことがほとんどです。
相手に失礼ですが、心に残ってないのです。
逆に言葉にできない何かを、一生懸命に絞り出して出た一言は、いつまでも心に残ります。
岡本太郎さんがこんなこと言ってました。
どんなことを言っても、それが自分の本当に感じているナマナマしいものとズレているように感じる。
言葉はすべて自分以前にすでに作られたものだし、純粋で、ほんとうの感情はなかなかそれにぴったりあうはずがない。
子供美術24
November 16th, 2008夕焼け空 in ニューヨーク
November 11th, 2008子供美術23
November 10th, 2008今回は、ウォール・キャンバスデザイン・コンクールという、岡山市政令指定都市移行を記念して、岡山市を元気にするデザイン募集というコンクールに応募するための作品を作りました。
これは岡山駅前ターミナルスクエア壁面のガラス面を使い、350枚の窓一つ一つに赤、黄、緑、青、黒の一色づつを割り当てて巨大な絵を完成するというものです。
応募資格は年齢、国籍、プロ・アマ問いませんということなので、誰でも応募できます。
もし採用されたなら、結構な賞金が出ますので、子供達はかなり真剣に考えていましたね。
賞金の使い道に悩みながら、作品を作っていました(笑)
子供達が完成させた作品は、なかなかインパクトのあるものが出来ました。これは、アイデア勝負というところですかね。
まあ、結果はどうなるかわかりませんが、期待せずに楽しみましょう。
なお、発表は来年の3月末らしいので、残念ですがそれまでは作品の写真をこのブログに掲載できませんので。あしからず。
興味がある方は下記サイトにアクセスしてみてください。
http://www.sysm.jp/wallcanvas/
顔
November 8th, 2008紅葉
November 5th, 2008
今日は家族で紅葉を見に行きました。
場所は岡山県立森林公園です。
この公園に来たのは十数年ぶりですが、以前来た時と、全く変わっていませんでした。
僕の中で変わっていない、維持されているということは、すごい事なのです。素晴らしい。
ここは岡山の中でも、特に好きな場所で、沢山の種類の木々や植物、野鳥が見れます。
敷地もかなり広く、展望台、滝、湿地と、色々な自然を歩いて見ることができますので、散歩好きの方には、とてもいい場所ではないかと思います。
また、園内にテーブル、ベンチが所々にあるので、お弁当を持って好きな場所で食べることができます。
鳥取県との県境に位置しますので、自宅から車で3時間ほどかかりますが、春になったらまた出掛けたいですね。
そういえば、たまたまだったのか、来園者が多かったです。たぶん今までで最高だったのではないでしょうか。
いつもはほとんど人がいないのですが。
平日なので若い人はあまりいませんが、その代わりに団塊世代から高齢者の方々が多かったです。
駐車場には枯れ葉マーク?厳密には高齢運転者標識を付けている車が多く、みなさん本当に元気です!
子供美術22
November 2nd, 2008
以前もやりましたが、静物画を描きました。
身の回りにある物を使って、自分たちで物の配置を考え、構成していきます。
静物画には、色使いや色の調和、配置、バランス感覚、物の質感など、絵画の基本が沢山あります。しっかり勉強していきたいと思います。
今回は先週と今週の2週に渡っての制作となりました。意外と完成までに時間がかかりましたが、それだけ考える時間、物を見る時間が以前よりも増したということだと思います。
上の作品 タイトル「地球調理中」
タイトルがいいですね。これは鍋の中に地球儀を入れている静物画ですが、大人はなかなかこんな発想はできません。子供ならではの純真で素直な発想です。
物の配置、構図もいいです。あとは色塗りに”くどさ”と言いますか、粘りが出てくるともっと良くなります。
下の作品 タイトル「いろいろな物」
一つ一つ、物を観察して、丁寧に仕上げていました。
構図、色彩、とてもいいですね。これはかなりの秀作です。
グラフィック的な才能を感じます。最近は特に線が良くなりました。
クロッキーの効果が出ているのでしょうか。この先が楽しみです。
ニューヨーク生活26
October 27th, 2008
その日はとても暑い日でした。
学校がバカンス中だった僕は、自宅でのんびり過ごしていました。たぶん昼過ぎ頃でしたか、丁度パソコンでメールを書いている時に突然画面が真っ黒になりました。
あれっ、どうしたのかな?と思い、部屋をうろうろしていると、テレビやビデオの電源が切れているのに気がつき、どうやら停電らしいことがわかりました。
それは2003年8月14日のこと、北東アメリカで起こった大規模な停電だったのです。
そっとアパートの玄関を開けて廊下を見ますと、電気が消えて真っ暗でしたので、このアパート全体が停電になっていることに気付きました。
さて、いったいどれくらいの範囲での停電なのか皆目検討がつきません。
どうしたものかと思っていると、そこへ朝から学校に行っていっていた彼女が帰ってきました。
僕は当時、付き合っていた彼女と暮らすため、ソーホーのアパートを出て、クイーンズのレゴパークという所に引っ越していたのでした。
ちなみにその彼女というのは、今の妻であります。
帰って来た彼女の話を聞くと、地下鉄も止まっているらしく、帰ってくる道すがら、お店の電気も信号も消えているということです。
話の内容から、かなり広範囲の停電であると推測できました。
彼女は運良く、地下鉄を降りたところで停電になったらしく、それほど深刻な事態にはいたらなかったのです。
こうなったらじたばたしたところで、どうしようもありませんので、復旧するのを待つしかありません。とりあえず、まだ明るいうちに懐中電灯、ロウソク、ランプ、食事などを用意して、夜に備えました。
とにかくこの日はうだるような暑さで、当然冷房も扇風機も使えないため、日が暮れだすと近所の人達は外でバーベキューを始めていました。さすがアメリカです。日常的によくバーベキューを庭やデッキでしているので、こういう突然の大停電になってもバーベキューをすぐに用意できるのです。
子供たちも何かのイベントと勘違いしているのか、キャッキャ、キャッキャと深夜まで大騒ぎでした。
近所のデリなどは、アイスクリームや飲み物を無料で配っていて、時間を持て余している連中が沢山お店の前でたむろしていましたね。
僕らも明るいうちに準備をしていたので、ランプの灯りの元で夕食をすませました。
食後に何か冷たいものがほしいと思っていたところ、確か午前中にコーヒーを作って冷蔵庫で冷やしていたのを思い出し、冷蔵庫を開けてコーヒーを取り出してみると、まだしっかりと冷たかったのです。
停電になってから冷蔵庫を開けないようにしていたおかげで、まだ、冷蔵庫の中は冷えていたのです。
この時飲んだアイスコーヒーほど、美味しいと感じたことはなかったです。停電になってから冷たいものを口にしていなかったので、その美味しさは今でも忘れられません。
久しぶりに音楽もない、テレビもインターネットも見ない静かな時間を過ごしました。
アパートの窓からマンハッタンのビル群が見えますが、普段なら夜になるとビルの夜景がきれいに見えるのですが、この日は真っ暗なマンハッタンが見えました。
こんな風景はめったに見れるものではないと、しばらく窓の外を眺めていました。
翌朝、9時ぐらいに電気が復旧しました。
早速テレビをつけてニュースを見ますと、沢山のサラリーマンが家に帰ることができなく、公園などで野宿をしている映像が流れていましたが、昨夜の停電の大きさをこの時始めて知りました。あらためて停電時に家にいて幸運だったと思った次第です。
ニューヨークでも地域によっては電気以外に、水、ガスも止まったところもあったらしく、大変な経験をされた方達が大勢いたのでではないかと想像できます。
ただ、1965年にもニューヨークを中心に同じ様な大停電がありまして、その時は商店などに強盗が入ったり、いろいろな凶悪事件がおきたみたいで、かなり治安がわるかったそうですが、今回は目立った事件も無く、無事に過ぎたようです。
まあ、1965年のニューヨークといえば、かなり治安の悪い頃ですからね。今とは比べものになりません。
実はその停電のあった2日後に日本に帰ることになっていまして、義兄がマイレージがあるからと、なんとビジネスクラスのチケットを僕に送ってくれていたのです。
日本に帰る当日、JFK空港のJALのラウンジでゆっくりくつろいでいますと、僕のすぐ隣に日本人のおじさんがドカッと座ってきました。まだ空いているソファーが沢山あるのにわざわざ僕の隣に座らなくてもいいではないかと思いつつ、怪訝な顔でそのおじさんをチラッとみましたら、なんと今は亡き世界的な建築家、黒川紀章さんでした。
しばらくして、JALの方が先日の停電により、機内食が用意できなかったので、申し訳ありませんが今回の機内食は幕の内弁当とさせてくださいとラウンジで説明していますと、黒川さんが突然、「聞こえないよ!」と大きな声を張上げていたのを思い出します。
大停電の余波が、こんなところにまでおよぶとは思いもしませんでした。












